タンザン鉄道は予約がおすすめ!タンザニアからザンビア終点まで旧式電車で行ってみた
2018年にアフリカ旅行の目的の一つでもあったタンザン鉄道でタンザニアからザンビアを旅しました。
タンザン鉄道では、多くの旅行者が選ぶ新型電車ではなく、僕は旧式電車に乗りました。
そこで感じた旧式電車を選ぶメリットなどタンザン鉄道の最新情報についてご紹介します。
この記事の目次
そもそもタンザン鉄道とは?
タンザン鉄道とは、タンザニアの都市・ダルエスサラームとザンビアの都市・カピリムポシを結ぶ総延長1,859kmの鉄道です。
運行スケジュールは週に2便しかありません。
また、週によって電車のタイプが旧式と新型があり、多くのが海外旅行者は所要時間も短い新型を選びます。
タンザン鉄道の運行ルート&地図
タンザン鉄道公式サイト(英語)
※最新の運行情報は公式サイトで確認してください。
タンザニアとザンビアのイミグレーション(出入国審査)について
ファーストクラスにおいては全て車内で完結しました。
(おそらく他のクラスでも同様かと)
審査官にパスポートとお金(50USドル)を渡して終わりです。
運行スケジュール
ダルエスサラームのタザラ駅→ザンビアのニュー・カピリムポシ駅を移動する場合の運行スケジュールは下の表の通りです。
出発時刻(※1) | タイプ | 所要時間(※2) | |
火曜日 | 14:30 | 旧式電車 | 53時間 |
金曜日 | 14:30 | 新型電車 | 50時間 |
(※1)12:30までにタザラ駅にてチェックインが必要。
出発時刻は遅れなどもあり目安です。余裕をもってスケジューリングしてください。
(※2)終点までの所要時間
ファーストクラスの乗車料金
86,500シリング(約3,895円)
※上記料金は始発から終電までの火曜日発の料金です。
※金曜日は料金が少し高いです。
※予約後の乗車変更は17,300シリング(約780円)
事前予約は必須!金曜日の新型電車のファーストクラスは大人気だった!
もともと、ザンジバル島で1週間埋没する予定だったので、ダルエスサラームに到着してすぐにタザラ駅に行き、翌週の金曜日のファーストクラスを予約しようと思ったのですが、すでに予約でいっぱいでした。
1週間前の予約でも完売状態ということで、やはり人気の高さが伺えます。
おそらく当日、予約なしで金曜日のファーストクラスに乗るのは難しいと思います。
ちなみに2018年10月現在、タンザン鉄道のチケット予約はインターネットなどオンライン予約はできません。
窓口での直接予約のみです。
また支払いはクレジットカード決済には対応していません。
キャッシュ(現金)のみです。
タンザン鉄道のチケット予約・購入窓口
タンザニア側のタザラ駅(チケットオフィス)
営業時間:07:30〜17:00(月曜〜金曜日)
ザンビア側のニューカピリ・ムポシ駅(チケットオフィス)
営業時間:07:30〜17:00(月曜〜金曜日)
アフリカを感じるタンザン鉄道70時間の旅〜タンザニアからザンビアまでの旅行記
※以下文章は僕が毎日書いているプライベート用の旅行記をブログ用に再編集したものです。
感じたまま書いていますので、ご容赦ください。
実際に行かれる際に役立ちそうなミニ情報も入れてあります。
アルーシャから長距離バスで凶悪都市「ダニエスサラーム」へ
タンザニアのアルーシャからタンザン鉄道の発着駅・タザラ駅のあるダルエスサラームにバス移動する。
バス自体はとても広く、快適だが、座席の背もたれが壊れていて、まるでバネのように跳ねる。
後ろの人も背もたれを起こすように言ってくるが、「Broken」と伝えると諦めて何も言ってこなくなった。
タンザニアの道路は歩道手間にスピードを落とすためのギャプ(凸)が設置されてあり、それを乗り越える度にケツが浮くほど揺れる。
長距離バスだが、寝られるものではない。
その跳ね方は、前方より後方の方が激しい。
座るなら、なるべく前方の席の方が良い・・・。
あとダルエスサラームの終着バス停は、とんでもなく渋滞するので、その一個前のバス停(ダルエスサラーム市内)で降りた方が良い。
終着バス停までのラスト1kmを進むのに1時間近くかかった。
バス停付近は工事中のようだった。
アルーシャを早朝6:00に出発して、ダルエスサラームに到着したのは夜の20:00だった。
夜のダルエスサラームは治安が悪いことでも有名だ。
バス停に着くと、バスの降口を取り囲むように人々がこちらを見ながら待ち構えている。
みんな、何か言いているが、人が多すぎて何を言っているか聞き取れない。
出会った旅人の話によると、ダルエスサラームのバスから降りた瞬間に銃を突きつけられて、所持品を全て強盗されたという話も聞いたことがある。
ダルエスサラームの治安はそれくらい悪い。
実際、この日もバス停は旅行者に群がる人たちで溢れていた。
速攻で降りるも、日本人の僕は特別目立つ。
何人も付きまとってくる。
それらを振り払い、幹線道路上に出て、Uberのピックアップを待つ。
しかし、渋滞が酷く、Uberを何度呼んでもピックアップを拒否された。
仕方なく、近くにローカルバス乗り場があるので、それで中心部まで向かうことにした。
中心部までいくと、ショッピングモールもあり栄えていた。
ここでは、夜でもUberはすぐにつかまり、無事にゲストハウスまで到着した。
長距離バス乗り場が一番、治安が悪いので、到着したらまずは、バスの駐車場前にあるローカルバス乗り場からバスに乗って中心部に向かうのが良い。
ダルエスサラームではタクシーに乗ってはいけないのが暗黙のルールだ。
ちなみにダルエスサラームで宿泊したゲストハウスは「Hunch Backpackers」だ。
ここは、宿泊費が2泊で29.6USドル(¥3,345)とお高めだが、綺麗で広いし蚊帳もしっかりついてる。
Wi-Fiも比較的早い。
屋上テラスでの朝食付きで、バックパッカーにもおすすめできる宿だ。
タンザン鉄道1日目〜ザンジバル島へのフェリーが1週間欠航!勢いでタンザン鉄道に乗り込む!
今日からザンジバル島に行き、1週間の埋没予定だった。
しかし!海がしけて、フェリーが1週間運行しないそうだ。
ということで、ザンジバル島プランは吹っ飛んだ!
前日に1週間後にタンザン鉄道を乗るスケジュールでタンザン鉄道のチケットも予約したので、変更しなければいけない。
幸いにも今日は火曜日で、タンザン鉄道の運行日だ。
まだ出発時刻ではない・・・。
ザンジバル島に行けなければダニエスサラームに1週間も滞在するのは勿体無い。
ここは思い切って、今日、タンザン鉄道に乗る方に舵を切った!
火曜日なので、古いタイプの電車で遅いし、スマホなどを充電するための電源ソケットもない。
まぁ、ある意味で古いタイプを乗るのはレアだろうし、いい経験になるかもしれない・・・。
そう思った。
タンザン鉄道の予約変更手数料は800円程度だ。
変更できるだけもありがたい。
タザラ駅のファーストクラスのラウンジは噂通り、天井は剥がれ、電源ソケットも使えないところだった。
10時頃から4時間半待った。
14:30に奇跡的に電車は走り出した。
古いタイプの電車は所要時間は53時間で、新しいタイプは電車は50時間だが、3時間の差など、長いアフリカ旅の中では誤差の範囲だ。
寝室はインドの寝台電車を思い出すような感じだ。
しかし、通路との境界はカーテンではなく、しっかりとしたボックスタイプなので、プライバシーは一応確保できている。
それにしても暑い。
エアコンもなく、天井に小さな扇風機があるだけ。
しかも窓が壊れて開けても固定できないので、すぐに閉まる。
同じ部屋の外人男性と協力して、ペットボトルで窓を固定した。
電車はアフリカの大地を思ったよりスピードを出して走る。
たぶん最高80km程度は出ている。
たまに大きくガタン!とぶつかったように激しく揺れる。
なんとなく、ウクライナの寝台電車を思い出す。
あのときも、揺れが激しくほとんど寝れなかった。
ちょっと不安だが横になったら睡魔が襲ってきて昼寝ができた。
しばらく車窓から見えるアフリカの伝統的な生活を営む集落を眺めながら、Kindleで本を読んだりしながら過ごす。
ネットが使えないし、バッテリーも限られている。
そう思うと、計画的にモバイル機器を使わないといけない。
こういう時は普段しないことをしてみる楽しさがある。
不便だけど、いつもとは違った発見があるような気がして、ちょっとワクワクした。
最悪、紙とペンはある。
車窓からの景色を絵でも描いてみようか…などと思ってみたりもする。
駅に着く度に色々な街の表情が見れるのが楽しい。
車内を歩いてみると、食堂車や一部の車両が新型車両のもだった。
シンプルな内装だが、とても新しく綺麗だ。
食堂車には奇跡的に電源ソケットが2個所ほどあった。
しかもテーブル席でパソコン作業には最適だった。
「これで時間を有効活用できる!」
ネットは使えないが、たまった作業はここで消化できる。
たぶん2泊3日もあっと言う間に過ぎていくだろう。
何もすることがないのは、他の乗客も同様で人と話す機会が沢山あった。
食堂車では黒人女性と一緒に夜の23時過ぎまで雑談をして過ごした。
ちなみに夕食はフライドチキンとカレー。
普通に美味しいし、安い。
喉が乾きまくったので超久しぶりに瓶コーラーを一気飲みした。
血糖値が瀑上がりだ。
鉄道の旅は瞬間的な出会いと別れの連続。
さきほどまで沢山話していた黒人女性は途中駅で降りるようだ。
笑顔で手の振りながら深夜の暗闇の駅に消えていった。
タンザン鉄道2日目〜食堂車の飯で下痢になる!車両トラブルで電車も動かず!深夜のタンザニア出国
寝台電車なので、早朝でも人の出入りがある。
それで目が覚める。
天井で回る扇風機がうるさくて、冷たかった。
朝は寒い。
それもそのはず、車内には毛布があるくらいだ。
朝食は3,500シリング(約170円)で、ソーセージ、たまご、パンというシンプルなメニューだった。
タンザン鉄道は意外にも快適で、ファーストクラスの人しか食堂車は使えない。
朝日を浴び見ながら食べる朝食は最高だ。
また食堂車はカフェみたいなもので、ネットがない分、作業に集中できる。
オフラインでもできることは沢山ある。
日記を書いたり、写真を現像&選定したり、SNSやブログの文章を書いたり、Kindleで情報収集したり。
昼食を食べてから少しお腹の調子が悪いことに気が付いた。
下痢だ。
このレベルの下痢はネパール以来だった。
さすがにアフリカは一筋縄ではないかない。
ヨーロッパでは一切、下痢にならなかったのに、ここに来て一気に下痢になった。
トイレも走っている時は良いが、電車が止まってしまうと、窓からホームの人と目線が合うほどオープンなので、かなり恥ずかしい。
しかも、電車から線路上に垂れ流しのトイレなので、余計に恥ずかしい。
下痢の時は食事内容を変えるに尽きる。
明らかにタンザン鉄道の食事が原因なので、安全食のバナナに切り替えた。
バナナは停車駅の露天商から簡単に買うことができる。
それにしても車窓から見える夕日が美しい。
午後6時過ぎから電車が動かなくなった。
どうやらこれまでにない深刻なトラブルが発生したようで、国境付近の街から別の電車が来て、牽引するそうだ。
情報があまり正確に伝わっておらず、別の南アフリカから来ている白人男女カップルは他の電車に乗り換えると言っていた。
夜9時を過ぎると周囲は完全に暗くなった。
そこに、ようやく牽引車が到着して3〜4時間ぶりに動き出した。
「このペースだと、国境超えは夜中になりそうだな・・・」
予想通り、寝ていると深夜0時頃に電車が停車したように感じた。
窓から外を見ると今までの沿線にあるような、田舎の集落とは違い、しっかりとした建物や街の明かりも多く見えた。
タンザニア側の国境の街だ。
とりあえず、清掃してる女性にイミグレなどについて確認すると、部屋の中で待っていれば良いといことだった。
夜中の3時頃から出国手続きが始まり、親切にもファーストクラスの部屋まで審査官が来てくれて、車内でスタンプを押されて完了した。
次はザンビアの入国だ。
しかし、この日は電車は動かず、一夜をタンザニア側で過ごした。
タンザン鉄道3日目〜10人の子供たちとクッキー一箱をシェアして感じられる幸福感
タンザン鉄道に乗って3日目の朝。
さすがにこの時点で2泊3日では到着しないことを悟った。
まだタンザニアの国境の街にいる。
(地図上で見ると、まだ半分くらいだ)
しかも朝8時を過ぎても動かない。
ようやく朝9時を過ぎて動き出した。
この1時間、国境付近の街に降りて、子どもたちと戯れることができた。
なぜかカメラを向けると恥ずかしそうに逃げていく。
3人の少年の年齢は7歳前後だろうか。
この3人がとてもシャイ。
こっちが気になるのか、カメラを向けると逃げていくが、
しばらくするとまた顔をのぞかせて、こちらにやってくる。
自分がカメラを持って外にでると、彼らは慌ててまた引き返そうとする。
その後を追って行くと、走り出したので、こちらも走っておいかけた。
そうすと、完全に笑いながら逃げていく。
なんか鬼ごっこをしているみたいで楽しい。
向こうも気になるのだろうが、やはりこんな外人がカメラ持って走って追い回したら、怖いのだろう。
一歩身を引き、風景写真を撮っていたら、また彼らはこちらに近寄ってきた。
最後、出発して動き出す車内から、こちらの様子を伺う3人がいたので、手をふると、あちらも笑顔で手を降って応えてくれた。
本当に一瞬だったが、なんだか心が通じ会えた感じがして嬉しかった。
こんな小さな出会いも旅の大切な一ページだ。
おそらく、ザンビアまで来てなければこういうこともなかったのだろう。
タンザニア鉄道の魅力は究極の暇から生まれる”心のゆとり”かもしれない。
すぐにザンビア側の駅で停車した。
ここで、降りて行商からバナナを買う。
4本で25円。
さすがに安い。
しかも美味い!
パイナップルも1個で65円だった。
買おうか迷ったが、食べきれないし、一度カットしてしまうと、保存も難しそうなので諦めた。
ここでも子どもたちと戯れる。
歩いていると、向こうから声をかけてきた。
握手を求めてきたので全員と握手。
その後、イミグレが始まる。
ここでも丁寧に部屋まで来てくれて、あっという間に手続きが終わった。
事前情報通り、ザンビアとジンバブエを行き来できる「ユニビザ」は取得できず、シングルビザで50USドルを払った。
お釣りや両替には対応していないので、50USドルきっちり用意しておいたほうがいい。
イミグレが終わり、出発するまで待っていると、先程の子どもたちが集まってきた。
何かスワヒリ語で話しかけられてる気がするが、分からないので、たまに手を降って挨拶した。
その後、ずーっとその場に、子どもたちが、とどまっているので、余っていたクッキーをあげようとすると、他の子供達まで大勢集まってきた。
一気に10人近くの子どもたちがクッキー目当てに集まってきたのだ。
「戦後の日本か!」
明らかに年齢幅が広くなり、上は13歳前後くらいの子から、下は子供におんぶされた3歳前後と、この一袋のクッキーで争奪戦がおきないように一番の年長者にシェアするように念を入れて伝えた。
彼は大きくうなずいた。
「分かってくれたのか・・・」
彼を信じて彼の方に向かって投げた。
すると、ほとんど豆まきのように空中で散乱したクッキーに群がるよう、みんな一斉にクッキーに飛びかかった!
年長者の少年はそれをしっかりキャッチし、その後、小さな子どもにまで全員に1枚ずつ分けていった。
しっかり者で良かった。
彼らは、その後もこちらを見ては笑顔で手を降ってくる。
たった、これだけのやりとりに妙な幸福感を感じるのはなぜだろうか…。
日本では感じることのできない幸福感だ。
クッキーの一箱、食べてしまえば終わりだが、それを10人の子どもたちとシェアしたことで得られれる幸福感は、彼らが得たクッキーとは比較にならないものだろう。
”与えることこそ、幸せ”なんだと噛みしめる。
その後、途中の駅で大勢の乗客が乗り込んできた。
ほとんど命がけのように、大きな荷物を抱えて乗り込んでくる。
カラフルな風呂敷を頭にかかえて、我先にと乗り込む。
「そう言えば自分のファーストクラスは昨日からずっと一人で占拠している・・・」
嫌な予感がしたので、食堂車から寝台車両に戻ってみるとスーツやネクタイをした黒人男性が一人横たわっていた。
格好からしてビジネスマン。
やはり、普通の人はファーストクラスには乗らず、乗る人は限られたビジネスマンなんだと感じた。
眠くなり、夕方5時まで寝た。
タンザン鉄道は基本的に暇なので、すぐに眠くなる。
おそらくこのダラダラしてしまう要素はいくつかある。
まずは食事。
今日も下痢気味なので、パンとバナナとオレンジとクッキーしか食べていない。
食事が心や体に与える影響は大きい。
あとは閉塞された空間。
さすがに3日目ともなると、新鮮さは薄れるし、閉鎖された空間でパソコン作業をずっとしているのも飽きる。
そんなダラダラ気味になってきたタンザン鉄道の旅も3回目の夜を迎え、Kindleを読みながら、さらに夜が深まっていった。
いよいよ明日には終着駅に到着する。
タンザン鉄道4日目〜地獄のルサカ行き満員圧死バス
長いタンザン鉄道の旅もついに終りを迎える。
いつでも旅には終わりがくる。
昼の12:30頃に終着駅のニュー・カピリムポシ駅に到着した。
ニューと付いているが、ニューな感じはなく、街自体もかなり田舎だ。
(幹線道路まで出るとゲストハウスやスーパーなどはあった)
日中に到着できたのが救いで、すぐにルサカ行きのバスに乗ることができた。
全員が乗らないと動かないので、人が沢山乗っている方のバスに乗った。
しかし、いつもの癖で最後方の端の席に座ったのが間違いだった。
最後方は5人が座る。
隣の男性は、ぐいぐい体を押し込んで座ってきた。
足の下にリュックを入れて座っているので、一切身動きとれない。
ずっと体が動かせられないので、一箇所に変なストレスがかかる。
今まで一番つらかったかもしれない。
この満員バスは拷問だ。
だんだんと変な汗が額から流れ始め、体調が悪くなる。
「この体制で3時間も我慢できるか?」
とガチで不安になる。
「いやこの10分間すら長い・・・」
どうやって、この時間を意識せずに潰そうか考えるが、この体制では何もできない。
本を読むがまったく身に入らない。
とにかく時間が過ぎるのを無心で待つ。
1時間半が過ぎ、途中でバスの乗換えがあって助かった。
もう二度と最後方の席には乗らない。
しっかりと自分の席と境界線やエリアが確保されている席に座る!
そして、なるべく小型マイクロバスは乗らない!
そう心に決めた。
ルサカに到着したが、宿は予約していない。
宿の位置だけ事前に調べておいたので、歩いてその場所に向かう。
4人部屋で一泊15ドルと少し高めだったが、ここに決めた。
プールがあったり、雰囲気はいい。
4日ぶりにシャワーを浴びた。
ホットシャワーの出力も良く、気持ちよかった。
服も全部洗った。
夕食はゲストハウスに併設しているレストランで、ソース味のチキンライスを食べた。
500円。
美味しいが、おそらく多くの日本人にとては、しょっぱく感じるかもしれない。
ここまでの外食で感じたのは、タンザニアとザンビアの料理は、味付けが濃い!
食事を済ませて4日ぶりにネットを接続した。
エベレストの時もそうだが、ネットを接続しない時間というのは基本的に充実している時間なんだと思う。
逆にネットに接続してダラダラスマホをいじっている時間は何も生み出さないし、残らない。
どちらかというと浪費される時間。
タンザン鉄道はインターネットがないおかげで、多くの思い出を残すことができた。
ひとりタンザン鉄道旅のまとめ
車両トラブルも発生して、最終的には国境付近の駅から救援車が来るまで3時間も立ち往生を余儀なくされました。
厄介なことに、ここの鉄道の飯がどうも自分のお腹と相性が悪いみたいで、約5ヶ月ぶりの本格的な下痢になりました。
真っ暗なトイレを何度も行き来したり、Gも多数発見したり、深夜の途中駅でも大勢の人が乗り降りして、結構大変でした^^;
それでもタンザン鉄道はアフリカ旅のハイライトの一つだと思います。
永遠と続く大地と、途中途中に点在するイメージ通りのアフリカの人々の生活を見ることができます。
チップを要求してこない純粋な子供たちとの触れ合いに、心が癒やされ、振り返ると良い旅でした。
タンザン鉄道の終着駅はかなり田舎で、そこからバスで3〜4時間のルサカまでの追加移動が予想以上に辛かったです。
バスも日本の幼稚園で使われていたような小型マイクロバスに50人が乗り込み(1列最大5人が座り、子供やリュックは膝上)ほとんど身動きが取れない車内は、もう拷問部屋でした。
あの苦痛を表現するな「ゆるやかな圧死の刑」です。
変な位置で足が固定され、全く動かせないし、徐々に体調が悪くなってきて、こんな体制で4時間も絶対に我慢できないと思いましたが、2時間後に別のバスに乗り換えで、なんとか生きながらえました。
アフリカを少しナメてましたが、今思うと最高の鉄道旅でした。
こんなに日常から離れられる時間はそうないと思います。
ぜひタンザン鉄道で素敵な旅に出かけてみてください。